僕の野球のこれまでとこれから

僕はこれまでの人生の多くの時間を野球に費やしてきました。
そして、昨年は野球生活においても、僕の人生においても最大の挑戦をしました。

少しでも多くの人に僕がどのような事をしてきたかを知ってもらい、同じような人の背中を押したり、挑戦するきっかけになってもらえればと思います。

人生を大きく変える挑戦

2019年が始まってすぐ、僕は就職した会社を約9か月で辞め、野球をもう一度本格的にやる挑戦を始めました。独立リーグにまずは入ることを目指し、土日は練習、平日はトレーニングという日々を送り始めました。
(なぜ独立リーグを選んだかは別記事でお伝えします)

そして昨年11月に四国アイランドリーグ、BCリーグ、琉球ブルーオーシャンズのトライアウトを受験しました。

結果的には、どこも合格することができず、その年いっぱいでプレイヤーとしての区切りをつけることを決意しました。

この記事では、挑戦に至るまでの経緯や気持ちの変化などを具体的に書いていきます。

再び野球をはじめた大きな理由

何もできなかった大学時代

小学校から野球を始めた僕は、小さい頃はもちろん楽しく野球をやりながらも、
頭のどこかでプロ野球選手を夢見ていました。

小学生のころはプロ野球のジュニアチームに選ばれたり、
中学では全国で上位にも入るなど順風満帆な野球生活でした。
高校もケガなどはありながらも、試合には出ることもでき、順調な野球人生を送っていました。

しかし、大学に入り僕は1年の12月にバッティングピッチャーのやりすぎが原因で肩をけがしてしまいます。

野球をやる人にとって肩の怪我は致命傷であり、
僕はそこから約1年半まともに投げることのできない生活を送ることになります。

もちろんボールが投げれない選手など試合に出れるはずもなく、
1番試合に出るチャンスのある2年生をひたすらリハビリで終えることとなります。

3年になり、なんとかボールは投げることができるようにはなったものの、
毎日ストレッチを欠かさず練習後と入浴後に行わなければ毎日は投げることができない状態になっていました。
さらに、3年の後半からは就職活動も始めていたので、練習に参加できない日などもありました。

結局僕は4年間でオープン戦すら出場できずに、大学野球を引退しました。
おそらく僕の代で縦じまのユニフォームを着ることなく引退したのは僕だけだったのではないでしょうか。

唯一ユニフォームを着れたのは引退試合のみ。
先発投手やらせてもらえて相手の先発は現阪神タイガース熊谷だったり楽しかったですけど笑

結局はやり切れなかった悔しさと次のステージで頑張ろうというぶつかり合う気持ちを残したまま大学野球を終えることとなりました。

大学時代の悔しさを残したままの就職

大学を卒業した僕は、当時社員10名ほどしかいなかったwebコンサルティング会社に就職し、
新たな社会人としての人生を歩み始めました。

割り切って仕事を頑張ろうと思っていましたが、
その心の底ではやはり大学時代に野球をやりきれなかった悔しさが残っていました。

最初はその悔しさは、仕事や引退後に始めた草野球で晴らせるだろうと思っていました。
しかし実際はそんなことはありませんでした。

休日に野球をやればやるほど本格的にもう一度野球をやり直したい気持ちが増していきました。
同年代の選手が活躍しているのを見れば見るほど、やりきれなかった悔しさがこみ上げてきました。

どこかでもう一度挑戦できる機会はないかな。
そんなことを思っていたら、その時は訪れました。

ここで挑戦しなかったら一生後悔する

そんな思いを持ちながら日々を過ごしていた社会人1年目の冬、 僕にあるきっかけが訪れました。

それはBCリーグの関係者の方々との出会いです。

BCリーグの関係者の方や選手に出会い実際の選手の思いや背景などを聞いて、
まだまだ挑戦するには遅くはないと感じました。

そして聞いた中でもっとも僕の心に残った言葉が、
「挑戦しないで一生後悔するなら挑戦する環境はある」

普段人の話を鵜呑みにしなすぎる僕ですが、
その言葉を聞いて再びプレイヤーとして復帰を目指すことを決めました。
自分の野球人生を後悔なくやりきるために。

何のために野球をやるのか

仕事よりも野球が優先だった生活なのでもちろん楽しい日は多く、ワクワクもしていました。
しかし、そういったポジティブな気持ちがずっと続いてたわけではありません。
挑戦をする上で不安に感じていたリアルな気持ちも伝えます。

一番僕が大きく不安に感じていたことは、2つありました。
1つは正直に収入的な問題です。
実家だからまだ何とかなっていたものの、正社員ではないため収入の変動もあるし、
奨学金等の固定費もそこそこあったため、収入的にぎりぎりだったことが非常に不安でした。

2つ目はどこにも入団できなかった時のことです。
始めた当初は一番考えてはいけないことだと分かっていたものの、
トライアウトが近づくにつれて、入団できなかった時の不安がよぎりました。

そういったネガティブな気持ちが出てきたときはいつも
「何のために野球をやりたいと思ったのか」 を考えました。

僕は中途半端に終わってしまった野球人生を後悔なくやり切るために野球をやる。
そう思うことで、入団云々ではなくやり切ることだけを目指して練習に励むことができました。

今思えば無理矢理すぎる考え方ではあるとは思いつつ、 後戻りはしないと決めたからには前を向く。
そうやって自分に言い聞かせてモチベーションを上げていました。

今何かを頑張っている人、これから何かを頑張ろうとしている人、
成功するかどうかなんて誰にも分からないのだから、
何のために、誰のためにやるのかを明確にして挑戦をしてほしいなと思います。

これからの野球との付き合い

そうして11月のトライアウトを迎えたのですが、
結果は残念ながらどこにも合格することはできませんでした。

なぜ受からなかったのかは、 各球団に聞いて回るしかできません。
そんなことはできないと分かっているので、 不合格が分かってからこの先再挑戦するのか考えました。

結論はここで区切りをつける。そう決めました。
なぜなら、自分のやってきたことが出せたから。 やり切ったと思うことができたから。

悔いなくやり切ることを目的に挑戦してきたわけですから、 それが達成できて満足感もありました。
正直満足感もありつつ悔しい気持ちもありますが、
それが実力だと思い、これからの野球との付き合い方を考えます。

さて、これからですが、 プレイヤーは終わったので、教育や育成方面にシフトしていきます。

自分の経験を通じて、 高校野球や大学野球でやってきたことは、正直もったいなかったと感じています。
特にトレーニングについては、 今までよりこの1年の方が圧倒的に充実して目に見えて結果として出ていたと感じます。

今はコロナウイルスの影響で練習ができていないチームばかりなので、 世の中が普通に戻ったら、母校に教えに行こうかとも考えています。 それまでもっと知識を蓄えます。

最後に

よく言われることがあります。

「ちゃんと働きな」
「何でそんなことやろうと思ったの?」
だいたいこう答えます。

「自分がやりたいからやりたいことをやる」

自分の人生は自分で決めるものです。
他人がどう言おうが自分で決めなきゃいけないんです。

何かを辞めて何かを始めようとしている人全員に言えることです。
「他人の意見なんてどうでもいい」

自分の人生なのだから、自分を信じて行動しましょう。
そして、周りに感謝しましょう。

僕はものすごく周りの方々に助けられました。
送り出してくれた前職の方々、練習環境や人脈などを作ってくれた方々、そして家族。

その方々のおかげで僕は挑戦ができていたと思います。 今度こそ次のステージで頑張ります。
今後も波瀾万丈ある気しかしませんが、 温かく見守って頂けたらと思います。

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